【大館】遍照院 ~毎月28日は護摩行~

神社・寺院

大館市役所のすぐ近くに鎮座している「遍照院(へんじょういん)」の紹介記事です。

遍照院 ~参拝~

元日

2024年1月1日元日 午前11時 初詣のため参拝しました。

遍照院 正月行事

 元日 零時と十一時 長久不動尊 護摩法要

 二日 九時から十五時 写経と写仏書初め

 

 

節分 星まつり

2024年2月3日 節分星まつり参拝しました。

節分星まつりとは、旧正月に護摩を焚き祈祷することで、魔を払い福を呼び込む行事のことです。

祈祷後は豆まきを行います。

祈祷をするご住職さま、カッコイイです。

火わたり

6月第3土曜日 5時30分~ 火渡り行を見学しました。

山伏姿の修験者や一般の参拝者が護摩壇の燃えたあとを歩くことで災いを焼き尽くし、無病息災、所願成就を祈願する伝統行事です。

毎月28日の護摩行

 

 

護摩木に諸所願いごとを書いて祈祷してもらいます。

書き方にルールはありません。

参考までにと護摩木のそばに例文が添えられています。

 

 

 

遍照院 ~歴史~

遍照院の歴史は古く、1386年、南北朝時代(室町時代の前期ですね)

むつ国小場村(現在の茨城県大宮町)に、薬師如来を本尊にして

【医王山 長久寺 遍照院】

を建立したのが始まりです。

建立したのは小場よしみ氏です。

時は流れ、1610年、江戸時代初期に

小場義成(おばよしなり)が大館城代となり、その祈願所として遍照院が建立されました。

城代とは城主に代わって、そこの領土の守備を任された家臣のことです。

城主は久保田藩の藩主佐竹氏となります。

2024年現在、秋田県知事佐竹氏のご先祖さまになる方です。

 

1868年、明治戊辰戦争の兵火で寺院のすべてを焼失してしまいましたが、かつては大館城の八方に諸所寺院を備え、大いに繁栄していました。

戊辰戦争後はご本尊が薬師如来から不動明王に代わります。

現在の本堂は1986年(昭和61年)に建立されました。

 

諸堂

聖天堂 歓喜天

読み方:しょうてんどう かんぎてん

 

歓喜天様の前、緊張してしまいご本尊の写真なしです。

お堂の天井は鮮やかなブルーに女性が描かれています。

商売繫盛、夫婦円満をもたらすとされています。

観音堂 千手観世音菩薩

読み方:かんのんどう せんじゅかんぜおんぼさつ

 

通常はトビラが閉まっていますが、元日は開いていました。

しなやかな手、優美に座っているお姿に感動しました。

千手観音は千の手と目であらゆ人々を救う観音です。

六道においては餓鬼道に迷う人々を救うと考えられています。

六道とは…仏教では六つの世界(天界、人間界、修羅、畜生、餓鬼、地獄)があるとされています。

 

 

稲荷大明神 淡嶌大明神 龍神大菩薩

  読み方:いなりだいみょうじん、あわしまだいみょうじん、りゅうじんだいぼさつ

稲荷大明神

 稲の豊作や商売繫盛などのご利益がある神様です。

淡嶌大明神

 女性の神様で、安産子授け、女性の病の癒し、良縁祈願にご利益がある神様です。女性の守り神として信仰されています。

龍神大菩薩

 昔から広い地域で信仰されてきた神様で、五穀豊穣、金運財運アップなど人々のあらゆる願いを叶えてくれるとされ各所で祀られています。

 

 

魔尼車

読み方:まにしゃ

魔尼(まに)とは如意(にょい)のこと。思い通りに願望成熟します。

念じながら車を手前に回転させてください。

お経を数多く唱えたと同じ功徳(くどく)があります。

 カラカラと少し音を立てて、重い石でしょうに滑らかに回りました。

 

 

行事

年間行事

 1月1日  新年祝祷会

 2月3日  節分会星まつり

 3月21日 弘法大師みえく

 6月第3土曜日 火わたり 四国八十八ヶ所霊場お砂ふみ

 7月17日 千手観音会

 8月13日 お盆法要

月行事

 1日  写経

 16日 聖天さま祈願供養

 28日 お不動様護摩祈願供養

 

 

「遍照院」の基本情報

  • TEL:0186-42-3178
  • 住所:大館市上町6

 

 

まとめ

どなたでもご参加できます

遍照院のまとめ
  • ご本尊は不動明王さま
  • 古い歴史を持つ寺院
  • 各行事、だれでも参加することができる