秋田県大館市にある「鳥潟会館」の紹介記事です。
今回は春の庭園~灯籠編ということで、燈籠にも注目してみました。
日本庭園ならではの奥深い美意識が込められている燈籠の魅力に目覚めるかも!?
ぜひ訪れてみてください!
鳥潟会館とは
鳥潟会館とは鳥潟家の庭園と家屋のことをいいます。
庭園
鳥潟会館の庭園は、池を中心に配置された樹木や庭石が調和し、山から流れ出る川が海へと注ぐ風情を表現しています。
その繊細なデザインと自然との調和が評価され、2024年(令和6年)には国指定名勝として登録されました。
この庭園は、四季折々の季節感を楽しむことができるのですが、特に春には庭園全体が新緑に包まれ、生命力あふれる景色が広がります。
また、庭園内に点在する灯籠が、風景に、おもむきを添えています。
灯籠は、日本庭園において欠かせないアイテムの一つであり、品格を感じさせるものとして使用されています。
ただ照らすだけではないってことですね。
家屋
鳥潟家の家屋は、1760年代(江戸時代中頃)に建築された歴史ある建物です。
この家屋は、数寄屋(すきや)造りの様式を採用している建物で、当時の建築技術や美意識を見ることができます。
数寄屋(すきや)造りとは、簡素でありながらも洗練された趣を持っていることが特徴なんですね。
その後、1936年(昭和11年)には、鳥潟家の第17代当主である鳥潟隆三(とりがたりゅうぞう)氏によって大規模な増改築が行われました。
この増改築により、住宅と庭園には京風のスタイルが取り入れられ、さらに洗練されたものへとなりました。
京都の伝統的な建築様式や、庭園デザインが、あちらこちらに反映されていて、鳥潟隆三氏の美意識とこだわりが色濃く感じられます。
建物内部のあらゆる工夫から、当時の職人たちの技術力の高さが分かります。

鳥潟会館敷地図
鳥潟隆三氏とは

京都帝国大学 名誉教授 医学博士
鳥潟隆三(1877年~1952年)
現在の鳥潟会館を造った鳥潟隆三氏とはどのような人だったのでしょうか?
一言でいうと、お医者さんです。
鳥潟隆三氏の生涯についてはこちらをごらんください。
表門(おもてもん)~垣根通り
表門(おもてもん)をくぐって、さぁ中へ。


鳥潟会館の表門(おもてもん)をくぐると、垣根通りが広がります。
この垣根、同じ種類の木のように見えますが、右側がキャラボク、 左側はイチイとなってます。
鳥潟隆三氏のこだわりで、希望に沿って植えられました。
どちらの樹木もイチイ科であり、見ただけでは区別しづらいですが、生息地や葉っぱの生え方などこまかく言えば、違う種類となります。

向かって右のキャラボク
キャラボクは、四方八方から葉っぱが生えます。

向かって左のイチイ
イチイは、規則正しく葉っぱが生えます。
幹も真っ直ぐ伸びます。

分かりやすい違いは木の高さです。
これは反対側から見たものなので、左側がキャラボク(低い)、右側がイチイ(高い)です。
いずれも雪の重さに耐えられるほど硬い樹木なので、雪国でよく植樹されていました。
馬そり廻し
垣根通りを終えると鳥潟家の家屋があり、家屋の手前には馬ソリ廻しがあります。

馬そり回し
馬ソリ廻しとは、かつて馬ソリを使って荷物を運搬していた時代に設けられた場所のことを指します。
馬がスムーズにUターンできるように工夫され、効率的な運搬作業が作られていました。
馬ソリ廻しの中心には大木が設置されて、これが方向転換の基点となります。
馬や荷物にかかる負担を軽減し、作業の効率化を図るためのものなのでしょう。
現代生活としては不要なものではありますが、私たちが当時の人々の工夫と努力を知ることで、地域文化を守っていくためにはとても意味のある事だと思います。

馬そり
中門(ちゅうもん)

中門(ちゅうもん)
中門をくぐり、庭園内のさらに入ります。
中門とは、茶室の中庭へと導くための象徴的な門であり、茶道の精神や美学を体現する重要な要素の一つです。
中門をくぐるということは、日常から非日常へと心を切り替え、静寂と調和の世界に身を置くという意味が込められています。
中門を通り抜けると、庭園の奥へ。
右手には「東屋(あずまや)」、庭園を眺めながら一息つける場所となっています。
左手には「燈籠」、これが庭の景観を引き立てています。
木々の間から差し込む光や、風にそよぐ葉の音が心を落ち着かせてくれました。

東屋と燈籠
中門(ちゅうもん)、東屋(あずまや)についてはこちらの記事をご覧ください。
庭園の燈籠(とうろう)
鳥潟会館の庭園には様々な形の燈籠があります。
立ち燈籠
中門をくぐり、東屋(あずまや)の向かいには巨大な六角形の立灯籠が建っています。
と小学一年生の子どもと比較しました。大きいですね!
秋田県内では最大級のものとなります。

高さ3m, 台座(基礎という)のところにに鳥潟家の家紋、花菱が彫られていました。

正確に言えば、花菱単体の家紋は武田信玄のものとなります。
鳥潟家の家紋は花菱3つです。

鳥潟家の家紋
六角形の燈籠は、次のような構造を持っています。
下から「基礎」、「竿」、「中台」、「火袋」、「竿」、「宝珠」という6つの主要な構成要素から成り立っています。
この造りの燈籠が、日本庭園や神社仏閣などでよく見られるものです。

材質は花崗岩(かこうがん)を使っています。
この石はとても硬く、耐久性に優れた石材として知られています。
その硬さから、摩耗や風化に強く、長期間にわたりその形状や美しさを保つことができます。
古代から現代にいたるまで、様々な用途で利用されている石材です。



崩れてしまった燈籠もあります。
重要文化財に指定されているため、崩れたからといって修理などの手を加えてはいけない決まりがあります。
雪見燈籠(ゆきみとうろう)
やはり水場には、雪見灯篭(ゆきみとうろう)といった感じでしょうか。

雪見燈籠(ゆきみとうろう)
形はいろいろ
燈籠の基礎と竿の代わりに足を付けたもの、で、大きな傘をがあって、全体的に幅に比べて背の低い燈籠のことを雪見燈籠(ゆきみとうろう)と言います。
雪見灯籠の形も様々で、四角、六角、八角、円形あり、脚の数も4脚や3脚様々。
サイズ、形ともに自由で庭の雰囲気に合わせた石造りに重きを置いています。

名前の由来
雪見灯籠は、その名の通り、雪が積もった際に美しく映えます。
あたまの部分に積もった雪が、白い帽子をかぶっているように見えることから、このような名前が付けられたのではないかと言われています。
ただこれは一説に過ぎず、正確な由来については謎だとか。
とはいえ、「雪見灯籠」という名前にはどこかロマンチックな響きがありますよね。
聞いただけで美しい冬景色が広がるかんじ。
雪見灯篭の始まりと役割
雪見灯篭の柔らかなフォルムが、日本庭園に似合っていて、現在では、池のある庭園でよく見られています。
もともとは、水との関連性を持たずに配置されていましたが、時代が進むにつれて、池や水の流れと調和させる形で設置されるようになりました。
鳥潟会館の雪見灯篭
現在では鳥潟会館の庭園のように、池があって中島(なかしま)があって、雪見燈籠が配置されるスタイルが主流となっています。
この配置が、庭園全体に奥行きと立体感を与えているんですね。

鳥潟会館の雪見灯篭と中島
鳥潟会館の雪見燈籠は、火袋の部分が網目になっているのが特徴的で、脚の立ち方はスッキリとしたデザインになっています。
やはり、雪見燈籠があるのと無いのとでは違う感じがするような…
燈籠があると、一気にそこに行けそうな感じがします、ワープ的な。(個人感想です)
三光燈籠(さんこうとうろう)

三光燈籠(さんこうとうろう)
「三光燈籠(さんこうとうろう)」をご存じでしょうか。
この燈籠は、その独特なデザインから、庭園愛好家に注目されているんです。
少しめずらしい燈籠になります。
三光燈籠の特徴
三光燈籠は、日輪形、三日月形、そして丸型(星)をかたどった面を持つ燈籠です。
これらの形状が象徴するものは「日・月・星」すなわち三つの光です。
このデザイン、形、宇宙の神秘を感じさせますね。
石の上にちょこんと置かれている小さな燈籠には、存在感があります。
三光燈籠の特徴
三光燈籠は「置燈籠(おきとうろう)」という種類に属します。
置燈籠とは、脚や基礎となる台がなく、燈籠本体を直接地面や石の上に置く造りになっているのが特徴です。
このため、設置場所の自由度が高く、庭園の水辺や路地など、色々な場所に配置されます。
置燈籠(おきとうろう)は、夜間に足元を照らすための照明として使われます。
この場合も、主人が庭園と家屋を行き来する際に、足元を照らすために置かれたものなのでしょう。
ただ、照明器具としてだけでなく、周りの雰囲気を引き立てるのが置燈籠です。
層塔型燈籠(そうとうがたとうろう)

庭園内神社
庭園内には、鳥潟隆三氏が作った神社が鎮座しています。
庭園を造るにあたって、工事の無事を祈願するため祀りました。
そして、その横には三重塔のような燈籠があります。

層塔型燈籠(そうとうがたとうろう)
火袋の部分を積み重ねて、三重塔や五重塔のような形にしていますね。
このような燈籠のことを、層塔型(そうとうがた)といます。
庭園の一番目立つところや、一番高い場所に設置されることが多いです。
三重塔という形が、神社仏閣の風景に調和するところから、鳥潟隆三氏は、あえて神社の横に設置したことが分かりますね。
燈籠の歴史
ここで燈籠の歴史について少し。
もちろん、平安時代から燈籠はあって、当初は夜を明るく照らすためのもの、照明用として吊るす燈籠が使われていました。
神社仏閣に燈籠が設置されるようになったのは、鎌倉時代になってからのこと。
そして、庭園に燈籠が設置されるようになったのは、江戸時代以降だそうです。
茶人である千利休によって茶道の世界観が出来上がり、わびさびに基づく茶室と日本庭園が深くつながったことによって、燈籠の存在も確立されていったと考えられています。
意外にも燈籠は自由に形を変えていったようで、その人の好み合わせられるように様々な形の燈籠ができていきました。
照明用よりも装飾品として用いられるようになったんですね。
まとめ

いかがだったでしょうか。
訪問したのは5月中旬、ツツジの花が見頃をむかえていました。
暖かい春の日、若葉が優しい風に吹かれ、落ち着いた時間を過ごすことができました。
自然だけの庭に世界観を吹き込むというか、意味を持たせるというか、燈籠にはそのような役割があったんですね。
燈籠って…厳格な感じという先入観を持っていました。
燈籠に三日月が刻まれているのなら、必ず西へ、満月型は東へ向けて立てなければいけないといって決まり事が多くあると思っていました。
しかし、燈籠の普及は意外にも新しく、一定の決まり事もなく、自由にその庭園の雰囲気に合わせて置いたり、形を変えて造られていました。
庭園の燈籠は、それを見ただけで家主や庭師の心を読み取ることができるものだったんですね。
と、共に本来持っている神仏への信仰と強い結びつきを感じることもできます。
そんなところが奥深いと感じ、素敵だなと思いました。
鳥潟会館の基本情報
| 施設名 | 鳥潟会館 |
| 住所 | 〒017-0005 秋田県大館市花岡町字根井下156 |
| TEL | 0186-46-1009 |
| 入館料 | 無料 |
| 駐車場 | あり 20台以上も停められるスペースあります |
| 開館時間 | 4月~10月:9時~17時 最終入館は16時半まで 11月~3月:9時~16時 最終入館は15時半まで |
| 休館日 | 月曜日・年末年始(12/29~1/3) 月曜日が祝日の時は翌火曜日休館 |
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