秋田県大館市にある、歴史と気品にあふれた邸宅「鳥潟会館」をご存じですか?
江戸時代から続く名家が守り、ノーベル賞候補にもなった名医・鳥潟隆三博士が愛したこの邸宅は、京風の美しい建築美が広がっています。
さらに、見事な庭園は国の名勝にも指定されたばかり。
今回は、そんな秋田県指定有形文化財である鳥潟会館の「邸宅内部」の魅力をご紹介します。
「これが無料でいいの!?」
と驚くこと間違いなしの見どころを、覗いてみましょう。
鳥潟会館とは?
「鳥潟会館」とは、江戸時代から続く名家・鳥潟(とりがた)家の邸宅と、その美しい「庭園」を合わせた名称です。
その歴史と価値は、次のように受け継がれてきました。
◆1760年代(江戸中期):
伝統的な数寄屋(すきや)造りの邸宅として建築される。
◆1936年(昭和11年):
第17代・鳥潟隆三(とりがたりゅうぞう)氏により、大規模な増改築が行われる。
※この際、「曳家(ひきや)」という技術で邸宅ごと現在の場所へ移動させ、こだわりの京風建築へと生まれ変わらせました。
◆2011年(平成23年):
建物が「秋田県指定有形文化財」に、庭園が「県指定名勝」に認定。
◆2024年(令和6年)10月:
庭園が、ついに国の名勝(国指定名勝)に正式指定!
今回のレポートでは、「邸宅内部」の魅力にスポットを当ててご紹介していますが、鳥潟会館の見どころはこれだけではありません。
2024年に国の名勝に指定されたばかりの、美しい庭園についても別記事でレポートしています。
四季折々で全く違う表情を見せてくれる庭園ですので、ぜひあわせてチェックしてみてくださいね!



鳥潟会館 敷地マップ
大館市役所HPより一部引用
鳥潟家とは?
鳥潟家は、1600年代初め(江戸時代)から代々続く大館の由緒正しき名家です。
かつてはこの地域(花岡村)の「肝煎(きもいり)」という重要な大役を務めていました。
肝煎(きもいり)とは?
江戸時代の役職名で、今でいう「村長さん」のような存在。
村の開発、整備、神社仏閣への寄付などを率先して行い、地域のために尽力、貢献する地主家系のこと。
そんな地域から深く信頼されていた鳥潟家は、のちに学者をはじめとする多くの素晴らしい偉人を世に送り出すことになります。
鳥潟隆三氏とは

京都帝国大学 名誉教授 医学博士
鳥潟隆三(1877年~1952年)
現在の鳥潟会館を造った鳥潟隆三氏。
彼は一体、どのような人物だったのでしょうか?
隆三氏誕生(1877年(明治10年))
鳥潟隆三氏は、1877年(明治10年)、鳥潟精一、静子の長男として函館にて生まれました。
そして、秋田藩花岡村(現・大館市花岡町)生まれである叔父の鳥潟恒吉(つねきち)氏による英才教育のもと、京都帝国大学医学部へと進学し、日本を代表する天才外科医へと登りつめました。
隆三氏のすごいところ3つ
彼の驚くべき実績をまとめると、以下の3つに集約されます。
◆天皇からの授かり物「恩賜の銀時計」を拝受:
京都帝国大学(現・京都大学)医学部を、首席・次席レベルの超優秀な成績で卒業。
◆日本で16番目のノーベル医学賞候補に:
スイス留学を経て、血清細菌を研究。
画期的な外用薬「コクチゲン(鳥潟軟膏)」を開発。
肺結核の手術向上にも大きく貢献。
◆日本外科学会のトップを2期歴任:
大阪に自身の病院や研究所を構え、日本の医学界を牽引する名医として活躍。
これほどの偉業を成し遂げた隆三博士ですが、幼少期や多忙な仕事の合間に、ホッと息をつきに訪れていたのが、花岡の鳥潟邸でした。
自身を育ててくれた叔父や両親や叔父が愛したこの大館の土地を、隆三氏もまた深く愛し、のちに贅を尽くした京風の邸宅へと生まれ変わらせることになります。
邸宅の見どころ7選
鳥潟会館の邸宅内には、職人の技と意匠が詰まった素晴らしい見どころがたくさんあります。
今回の記事では、以下の7つのスポットを順番にご紹介していきます!
館内の位置関係がひと目でわかる「邸宅マップ」もあわせて載せましたので、ぜひ実際のルートをイメージしながら読み進めてみてください。
◆ご夫人室へ続く渡り廊下
からくり錠と伝統ガラス
◆化粧室(ご夫人室)
最高級の銘木と奥様の和歌
◆浴室
希少な那智黒石と杉の空間
◆茶の間
樹齢100年の梨の木のテーブル
◆板の間
大黒柱・恵比寿柱と囲炉裏
◆土間
当時の暮らしが垣間見える大きなかまど
◆主人室
名勝の庭園を見渡すウグイス張りの広縁

鳥潟会館 邸宅マップ
大館市役所HPより一部引用
玄関

玄関
インターフォンを押すと「はーい、どうぞー」という声が中から聞こえてきます。
ガラガラと引き戸を開けると、そこは開放感ある広い玄関!
さっそく案内人さんが出迎えてくれました。
趣のある12畳の大広間と、8畳のお部屋を通り抜け、まずは最初の見どころである「化粧室(ご夫人しつ)」へと向かいます。
ご夫人室へ続く渡り廊下
化粧室へと続く渡り廊下:船底天井(ふなぞこてんじょう)
化粧室(ご夫人室)へと続く廊下を見上げると、繊細に編み込まれた美しい天井が目に飛び込んできます。

船底天井(ふなぞこてんじょう)
この天井は、「船底天井(ふなぞこてんじょう)」と呼ばれるもので、中央が高く、両端に向かって下がっていく形状が「ひっくり返した船の底」のように見えることからその名がつきました。
さらに注目したいのが、「へぎ板網代張り(へぎいたあじろばり)」という技法が使われている点です。
◆へぎ板とは?
樹齢100年以上の目が詰まった天然木を使い、職人が手作業で薄く割(さ)いた大変貴重な木板のこと。熟練の技術がなければ均一に割ることすらできません。
この希少なへぎ板を美しく編み込んだ天井は、まさに職人技の結晶。
また、網代張りは熱を逃がしやすい構造でもあるため、夏に避暑地としてこの鳥潟会館を訪れていた隆三博士が、快適に過ごせるようこだわって取り入れた設計なのだそうです。
そういえば木材や竹材を編み込んであるものって日常の中にたくさんありますね。

通気性の良い編み込みかご

渡り廊下
特殊な錠の窓


化粧室へと続く廊下の窓には、当時としては画期的な「落とし錠」というからくり技術が取り入れられています。
窓の桟(さん)に開いた穴に、右側の錠がカチャンと自動で落ちてロックされる仕組みです。

手延べガラス
そして、この窓にはめ込まれているのは、明治から大正期にかけて主流だった「手延べガラス」。
職人が一枚ずつ手作りしたガラスは、今では大変貴重なものです。
ゆがみのある手延べガラス越しに外の景色を眺めていると、不思議とタイムスリップしたような懐かしい気持ちになります。
化粧室~ご夫人室~

廊下を渡った先にある「化粧室」は、鳥潟隆三氏の奥様が主に使われていたお部屋です。
大館市が管理するようになってからは、鳥潟会館で結婚式が行われていた際、新婦さんのお色直しのお部屋としても使われていたそうです。
天袋(てんぶくろ)

床の間を見上げると、戸棚があります。
この戸棚のことを天袋(てんぶくろ)と呼びます。
天袋には万葉集などの歌が書かれていますが、なんとこれは奥様ご本人が書かれたものだとか!
床柱(とこばしら)
さらに、この部屋に使われている木材が一級品ばかりです。

床柱(とこばしら) 北山杉
床の間を引き立たせる主役の柱には、京都の北部で採れる最高級の「北山杉」の丸太が使われています。
床柱(とこばしら)とは、床の間のわきに使われている柱で、床の間を引き立たせるための中心的存在となる柱です。
「北山杉」は、まっすぐに伸び、光沢のある美しい木肌が魅力的な木材。
今ではとても貴重なものとなっています。
天井

屋久杉の天井
天井は「屋久杉」が使われています。
現在は、世界遺産に登録され伐採禁止となっているため、今はもう手に入らない極めて貴重なものです。
「屋久杉」は、虫や腐食に強く、耐久性に優れていることから大変重宝された木材でした。
さらには、「屋久杉=厄が過ぎる」という語呂合わせから、縁起物としても当時から大人気でした。
一方で、そんな虫に強い屋久杉の天井とは対照的な、面白い柱もあります。
虫食い模様の柱

虫食い跡の漆塗りの柱
表面の独特な凹み模様、実はこれ「虫食いの跡」なんです!
虫食いという自然のいたずらをデザインとして逆手に取り、見事に漆(うるし)を塗って仕上げた職人の遊び心とセンスには脱帽ですね。
浴室

浴室
「化粧室」から出てすぐの場所には、広々とした脱衣所と「浴室」が構えられています。
東側に大きな窓が配置されているため、陽の光がたっぷりと差し込むとても明るく開放的な設計です。
ここでの注目ポイントは、足元を彩るシックな黒い石。
これは「那智黒石(なちぐろいし)」というもので、三重県熊野市でしか採掘できない大変希少な天然石です。
高級な碁石(ごいし)や硯(すずり)の原料としても知られる名石が、惜しげもなく敷き詰められています。
昔から珍重されてきたもので、濡れることでより深みを増す黒が、空間の格調を高めています。

杉の壁面
さらに、浴室の壁に目を向けると、非常に目の細かい上質な杉材が使われており、湯気とともに杉の香りが漂ってきそうな壁面。
細部にまでこだわり抜いた癒し空間となっています。
茶の間~食卓

梨の木のテーブル 食卓用
化粧室、浴室から茶の間へと戻ってくると、部屋の中央にどっしりと構えられた大きなテーブルが存在感を放っています。
当時、食卓として実際に使っていたものです。
このテーブル、実は中央部分に「梨の木」が使われています。
そして、この梨の木はかつて鳥潟会館の庭園に植えられていたものなのだそう。
樹齢100年を超え、倒木の恐れがあるということでやむを得ず伐採された思い出の銘木。
「何とか形を変えて残したい」
と考えた隆三氏の手によって、こうして美しい食卓へと生まれ変わりました。
鳥潟家ストーリーのある特別な家具だったんですね。
板の間~囲炉裏と大黒柱

囲炉裏

茶の間のとなりは、風情ある囲炉裏が設けられた「板の間」です。
現在は火気厳禁となっていますが、撮影などの特別な事情がある場合に限り、実際に囲炉裏に火をおこして「きりたんぽ鍋」を作ることもあるそうです。
大黒柱と恵比寿柱

そして思わず「お~っ!」と感嘆してしまうのが、部屋を指せる2本の立派な太い柱です。
◆大黒柱:太さ31cm/けやきの木
◆恵比寿柱:太さ29cm/けやきの木
「大黒柱」の向かい側には、「恵比寿柱」が据えられています。
大黒柱と恵比寿柱がセットで揃っているなんて、聞くだけでもの凄く縁起が良い感じがしますよね!
土間
板の間からも見えましたが、板の間の隣が土間となっています。

土間とは、家屋の中にあって床がなく外履きで往来する場所のことです。
昔の家には土間があって、台所や作業をする場所として使われていました。
鳥潟邸の土間には大きなかまどの他に、ボイラーや井戸、さらには地下倉庫も設置されていました。
主人室
鳥潟隆三博士が増築した部分、主人室になります。
広く、開放感あふれる明るい部屋の造りとなっています。

主人室
庭園の眺め


主人室から庭園の眺め
主人室の大きな窓からは、美しい庭園が一望できます。
かつて、この邸宅を愛した隆三氏も、きっと今と変わらない景色を眺めながら、ホッと心を和ませていたのでしょう。
そんな主人室には、景色だけでなく、室内にも隆三氏のこだわりが見られます。
さっそく覗いてみましょう。
床の間


床の間
主人室の「床の間」でまず目を引くのは、化粧室でも使われていた最高級の「北山杉」の床柱。
なんと、化粧室の床柱よりも”ふた回り”ほど太い木材が使われており、しっかりと存在感を放っています。
さらに、床板の正面、黒い梁(はり)のような部分は、「床がまち」と呼ばれるもの。
ここには、非常に重厚で硬く、美しい木目が特徴の「黒檀(こくたん)」が使われています。
上質な木材が使われている、格調高い空間です。

床の間の書院欄間(しょいんらんま)には、鳥潟家の家紋である花菱が彫られています。
広縁(ひろえん)

主人室の先にある広縁(ひろえん)は、奥行きが深くゆったりとした縁側です。
この広々とした空間から、庭園全体を見渡すことができます。
床材には珍しい「かつらの木」が使われているのですが、「ウグイス張り」の設計になっているんです!
歩くたびに「キシッ」「キュッキュッ」と音が鳴る、防犯用の仕掛けですね。
実際にあるいてその音を体感してみると…
そっと踏み込んでも本当に音が鳴るんです(笑)
時代劇に紛れ込んだような、少しドキドキしてしまう廊下です。
まとめ
いかがだったでしょうか。
今回は、秋田県指定有形文化財に指定されている旧鳥潟家邸宅の魅力をご紹介しました。
職人の細やかな技や、日本人が大切にしてきた趣をぎゅっと詰め込んだ、温もりのある邸宅でした。
季節ごとに表情を変える美しい庭園も含め、何度でも足を運びたくなる場所です。
折々で違う雰囲気を味わえる庭園をまた見たいと何度も思うことができます。
いつも温かく迎えてくださる案内人さんにも感謝しています。
ぜひ、大館を訪れた際は、ぜひこの歴史ある癒しの空間を肌で体感してみてください!
鳥潟会館の基本情報
| 施設名 | 鳥潟会館 |
| 住所 | 〒017-0005 秋田県大館市花岡町字根井下156 |
| TEL | 0186-46-1009 |
| 入館料 | 無料 |
| 駐車場 | あり 20台以上も停められるスペースあります |
| 開館時間 | 4月~10月:9時~17時 最終入館は16時半まで 11月~3月:9時~16時 最終入館は15時半まで |
| 休館日 | 月曜日・年末年始(12/29~1/3) 月曜日が祝日の時は翌火曜日休館 |
あわせて読みたい
今回のレポートでは、「邸宅内部」の魅力にスポットを当ててご紹介していますが、鳥潟会館の見どころはこれだけではありません。
2024年に国の名勝に指定されたばかりの、美しい庭園についても別記事でレポートしています。
四季折々で全く違う表情を見せてくれる庭園ですので、ぜひあわせてチェックしてみてくださいね!



