【大館観光】秋田三鶏記念館ガイド!比内鶏・声良鶏・金八鶏の魅力を解説

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大館市には、比内鶏・声良鶏・金八鶏という「秋田三鶏」を間近で見ることができる施設があります。

それが「秋田三鶏記念館」です。

この記事では、秋田三鶏それぞれの特徴や、天然記念物に指定された歴史、記念館で行われている孵化・保存活動、見学時のポイントなどを紹介します。

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「秋田三鶏記念館」とは?

秋田三鶏記念館

2010年に設立された秋田三鶏記念館は、大館郷土博物館の敷地内にあり、天然記念物である声良鶏・比内鶏・金八鶏の保護と増殖を目的としている施設です。

資料館のほか、秋田三鶏(声良鶏・比内鶏・金八鶏)をケージ越しに間近で見ることができます。

また、秋田三鶏のふ化場でもあり、4月下旬から6月の間は、タマゴから孵ったヒナを見ることができます。

秋田三鶏(あきたさんけい)とは?

国指定天然記念物である声良鶏(こえよしどり)・比内鶏(ひないどり)、秋田県指定天然記念物の金八鶏(きんぱどり)の三鶏を総称して秋田三鶏(あきたさんけい)と呼びます。

秋田県の県北地方、特に大館地方で古くから飼われていました。

鶏天然記念物指定年特徴
比内鶏国指定天然記念物1942年勇壮な姿・比内地鶏のルーツ
声良鶏国指定天然記念物1937年長く美しい鳴き声
金八鶏秋田県指定天然記念物1959年小柄で闘争性が強い

秋田三鶏 比較表

秋田三鶏の紹介(比内鶏・声良鶏・金八鶏)

比内鶏(ひないどり)

比内鶏(ひないどり)の特徴

比内鶏のツガイ

昭和17年(1942年)7月に国の天然記念物に指定された「比内鶏(ひないどり)」。

勇ましい性格と、鋭い目つきが特徴で、茶色の三枚冠(さんまいかん)や豊かな尾っぽの羽根、長い脚を持っています。

こうした引き締まった体型になったのは、かつて自然豊かな山あいの農村で放し飼いにされていたからだと考えられており、野生のキジに似ているとも言われています。

大館市の比内地方を中心に生息していたことから「比内鶏」と名付けられました。

藩主に年貢として納められた美味しさ

かつて食用とされていた頃は、「非常に美味しい」と高い評判を得ていました。

比内地方の豊かな土壌や水、そこに生息する雑草や昆虫を食べて育ったことが、その美味しさにつながっていたようです。

その美味しさから、江戸時代の旧藩主へ年貢として納められていたほか、昭和初期には天皇陛下や宮家(秩父宮・三笠宮)へ上納されたという記録も残されています。 

「比内鶏」と「比内地鶏」の違い

現在、比内鶏は国の天然記念物に指定されているため、原則として食用出荷はされていません。

※学術・飼育上の区分はありますが、現在市場に出回ることはありません。

私たちが普段お店や飲食店で口にしているのは「比内地鶏(ひないじどり)」です。

これは、原種である比内鶏(オス)とロードアイランドレッド(メス)を交配して生まれた品種で、「日本三大地鶏」「日本三大美味鶏」の一つとして全国的に高く評価されています。

声良鶏(こえよしどり)

声良鶏(こえよしどり)の特徴

声良鶏のツガイ

昭和12年(1937年)12月に国の天然記念物に指定された「声良鶏(こえよしどり)」。

「日本三大長鳴き鶏(にほんさんだいながなきどり)」の一つとして知られ、重厚で美しい鳴き声が最大の特徴です。

魅惑的な歌声と鳴き方

鳴き始めは渋く落ち着いた低音から始まり、長く音を伸ばしながら次第に声を張り上げていきます。

そこから徐々に音程を下げつつ、最後にすっと余韻を残すように「止めの一声」を奏でます。

「ゴッゴ、ゴオー」と緩やかな山を描くような優雅な歌声は、聞く人を惹きつけます。

平均で15秒ほど、長い鶏になると、20秒以上も鳴き続けることがあります。

声良鶏の歴史とたくましい体型

今から約250年前(江戸時代)、大館市を中心とした米代川流域で比内鶏などを交配させて誕生したのが声良鶏です。

その後、秋田・青森・岩手の北東北エリアを中心に愛好家に飼育されてきました。

体重はなんと5㎏にも達し、日本の在来鶏としては非常に大型で均整のとれた体型をしています。

太いくちばし、大きく鋭い眼、そして声を響かせるために発達してふくれあがっている喉もとが大きな特徴です。

羽色は黒や白が主流ですがまれに黄色も見られます。

大型で強そうな見た目をしていますが、実は寒さに弱いというデリケートな一面も。

秋田三鶏記念館に見学に行くと奥の鶏舎にいることが多いのは、寒さを避けるためかもしれませんね。

💡 メモ:声良鶏のほか、東天紅鶏(高知県)、の唐丸(新潟県)の3種が日本三大長鳴き鶏として親しまれています。

金八鶏(きんぱどり)

金八鶏(きんぱどり)の特徴

金八鶏のツガイ

昭和34年(1959年)1月に秋田県の天然記念物に指定された「金八鶏(きんぱどり)」。

比内鶏や声良鶏と比べると小柄ですが、鋭い目つきと強い闘争性を持っているのが大きな特徴です。

見た目の特徴は以下の通りです。

・羽色と尾羽:黒い羽毛で羽先は丸く、特に尾羽がエビのように曲がった「エビ尾」をしている。

・体型と体勢:シャモに比べて小柄なわりに頭が大きく、鋭い眼光を持つ。立ち姿になると頭から脚が垂直に一直線になる。

名前の由来は“負けず嫌いな魚屋”さん?

この鶏の誕生には、あるユニークなエピソードが残されています。

今から約150年前(江戸時代後期)、大館町川原町に「魚屋金八(さかなやのきんぱ)」という人物がいました。

非常に短気な性格で、本業よりも鶏の飼育や闘鶏に熱中していたといいます。

金八さんが新しい鶏を作り出そうと考えたきっかけは、「自分のシャモが隣家の比内鶏とのケンカに負けたこと」でした。

隣の比内鶏が庭に飛んできては自分のシャモを負かすのがあまりにも悔しく、闘争心の強い最強の鶏を作ろうと思い立ったのです。

こうして誕生した鶏は、作出者である“短気な金八氏”にちなんで「金八鶏」と名付けられました。

絶滅の危機を乗り越えて天然記念物へ

金八鶏は大正時代中期まで地元の職人たちに親しまれていましたが、徐々に飼育者が減少。

昭和初期にはわずか十数羽にまで激減してしまいました。

昭和4年、東京で開かれた共進会で一等賞を獲得し、学者たちが源氏調査に訪れるなど学術的にも注目を集めました。

しかし、個体数の少なさから一時期は忘れ去られそうになります。

それでも熱心な愛好家たちの手によって守り続けられ、昭和34年に見事、秋田県の天然記念物指定を果たしました。

金八鶏の姿と飼育の難しさ

金八鶏は年間の産卵数がわずか60個ほどしかなく、ヒヨコが無事に孵化する確率も低いため、飼育管理が非常に難しい種類です。

誕生の親・金八氏の晩年

 金八鶏を生み出した魚屋の金八氏は、晩年、沼ノ窪神社の堂守(どうもり)となりました。

一人ひっそりと金八鶏を飼い続けながら余生を送った…と伝えられています。

秋田三鶏記念館では何が見られる?

鶏舎 秋田三鶏

記念館の飼育舎では、秋田三鶏の各つがい(オスとメスのペア)が飼育されています。

・比内鶏(ひないどり):ツガイ 1組

・声良鶏(こえよしどり):ツガイ 1組

・金八鶏(きんぱどり):ツガイ 1組

タイミングが合えば、声良鶏の長~い鳴き声を聴くことができるかも!?

比内鶏の鳴く頻度は多いと感じます。

館内・資料室

鶏(にわとり)に関係する資料が展示されています。

・秋田三鶏について

・天然記念物に指定されている鶏について

・鶏のふ化について

・ふ化した雛の様子(期間:4月下旬~7月上旬)

・秋田三鶏の保護に尽力した山田定治氏について

秋田三鶏を守る「ふ化・保存活動」

ここでは秋田三鶏を守るために、大事な作業を行っています。

春になると、保存会の会員の方から卵をお預かりし、ふ化作業を行います。

卵がふ化するまでの期間は21日間、ヒナを育て会員へお返しする期間はおよそ30日間。

この作業は、天然記念物である鶏たちを守るための大事な工程となっています。

秋田三鶏の保存活動

1.保存会会員から卵をお預かりし、孵卵機(ふらんき)で温める。

2.21日後、ふ化が成功するとヒナが誕生、育雛機(いくすうき)で育てる。

3.ヒナの体調管理が難しい1か月の間、専用の機械で飼育する。

4.ヒナは1か月後、保存会会員のもと返される。

 

秋田三鶏を守った「鶏博士」山田定治

戦中・戦後の食糧難や経済の混乱により、産卵数が少ない秋田三鶏は一時期絶滅の危機に瀕していました。

その窮地を救ったのが、「鶏博士」と呼ばれた山田定治氏です。

定治さんは、当時東京府知事だった横山助成氏(大館市出身)や、当時の大館町長とともに「日本の鶏を守ろう」と保護活動を展開しました。

自身の時間、労力、私財を投げ打って研究と保存に人生を捧げました。

彼らの強い情熱と尽力があったからこそ、秋田三鶏は今日まで守り抜かれています。

秋田三鶏記念館の基本情報

  • 入館料:無料
  • 開館時間:9:00~16:30
  • 開館期間:4月~11月(冬期間12月~翌3月は閉館)
  • TEL:0186-43-7133
  • 住所:〒017-0012 大館市釈迦内字獅子ヶ森1番地
  • 休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)

 

まとめ

秋田三鶏記念館では、比内鶏・声良鶏・金八鶏を実際に見ることができます。

しかし、この施設は鶏を見るだけの施設ではなく、天然記念物として指定された秋田三鶏を、次の世代へ残していくための保存・増殖活動が行われている施設でした。

また、秋田三鶏記念館を訪れた際には、同敷地内にある大館郷土博物館とあわせて訪れてみてください。

大館の歴史・文化についてさらに深堀りできると思います!

あわせてよみたい

山田定治さんが守った秋田三鶏や、秋田三鶏記念館を訪れると、大館の歴史や文化をより深く知ることができます。

大館を観光するなら、こちらの完全ガイドも参考にしてみてください。