秋田県大館市葛原(くずわら)の山あいに鎮座している「老犬神社」の紹介記事です。
秋田犬である忠犬シロを祀っている神社になります。
老犬神社とは

秋田犬で最も有名なのは、渋谷の忠犬ハチ公ですね。
そして、ハチ公は大館出身の秋田犬ですが、大館地方にはもう一頭忠犬がいるんです。
その名前はシロ。
昔、シロの主人であるマタギ定六(さだろく)が、他の領地で狩猟をしたとして罪に問われ、ろう屋に入れられてしまった時、主人を助けようとして狩猟免状を取りに戻りましたが間に合わず、悲しい結末となってしまった話があります。
悲しみに暮れるシロ、シロの遠吠えは夜な夜な響きました。
そんなシロを供養するために建立されたのが、老犬神社です。
犬を祀る神社は全国でもめずらしく、毎年4月17日には例大祭が開かれ、地域住民や遠方からの参拝者でにぎわいます。
例大祭ではシロを供養するとともに、今年一年間の家内安全や五穀豊穣、天変地異が起こらぬよう祈願します。
老犬神社の例大祭は、2025年で405回目となりました。
405年間もの間、シロの供養とその土地の安全祈願が受け継がれてきた、伝統をもつ神社です。
さて、老犬神社に祀られている忠犬シロとはどのような犬だったのでしょうか?
忠犬シロのサダロクへの忠誠心と、悲しい物語のはじまりです。
忠犬シロと貞六の物語
マタギの狩猟免状

江戸時代の中頃、鹿角市大湯にマタギの定六(サダロク)が、妻と秋田犬シロと暮らしていました。
シロは、狩猟する手助けをしてくれた賢い忠犬でした。
定六(サダロク)の先祖は由緒あるマタギであったため、定六もまた、狩猟することを正式に許可されていたマタギでした。
狩猟の免許証となるものこちらです。

マタギの狩猟免状
南部藩主であった信直(のぶなお)が、定六に対して、狩猟活動を許可するために与えた狩猟免状となります。
この狩猟免状があれば、他の領地に入って狩りをしても罰せられることもなく、関所(せきしょ)を通ることも許されるものでした。
マタギの命を保証してくれる大切な免状なんですね。
書かれている内容については、「5.マタギの狩猟免状」 をご覧ください。
この狩猟免状、狩猟活動をする際は、持っていなければいけないものだったのです。
定六捕らえられる・シロ走る
ある寒い冬のこと、定六はシロと狩猟にでかけました。
この時、定六は、狩猟免状を忘れて出たことに気が付かず、狩猟をしてしまいます。
定六はカモシカを追いかけているうちに鹿角堺を越えて三戸城の近くまで行き、三戸城に向かって発砲してしまいました。
この鉄砲の音を聞きつけた三戸城の兵隊たちに定六は捕まってしまいます。
「お前は何者だ、どこから来たのだ。我が領内で発砲するとは見過ごすわけにはいかない!」

俺は大湯から来たマタギだ。その証拠に狩猟免状も持っている…
でも狩猟免状は見当たりません。
定六はこのとき初めて狩猟免状を家に忘れてきたことに気が付きました。
そして定六はろう屋に投獄されてしまいました。
定六の後を追い、心配そうに定六のろう屋の前に座るシロに、定六はお願いします。

なぁシロ、俺がいつも持ってる狩猟免状を家から持ってきてくれ。
仏壇の引き出しに入っている巻物だ。
するとシロは大きく身震いし、暗闇の中へ消えていきました。

シロは幾つもの冬山を越えて家へたどり着くと、定六の妻にけたたましく吠えましたが、彼女は何のことか分からずシロにご飯を与えました。
シロは、再び定六の元に戻ります。
定六はシロに何度も言い聞かせます。

シロ、竹筒に入れたあの巻物だ。
お前に見せた、仏壇の引き出しにしまってあるから持ってきてくれ。
あれがないと俺はここから出られないんだ。
シロは疲れた体を休めることなく、いくつもの雪山を越えて家へ戻り、狩猟免状がしまっている仏壇の前で吠えました。
定六の妻は、シロが2度も一人で帰ってきたことに「何かおかしい」と感じ、ハッと気が付きます。
仏壇の引き出しを開けてみると、察した通り、狩猟免状があるので、急いでシロに持たせました。
「シロ、すぐに気が付かないでごめん、免状を持って行ってくれ」

悲しみにくれるシロ
しかし、シロが力の限りを尽くして定六の元に駆け戻ったときには、すでに定六は処刑されていてその亡骸が無残に横たわっていました。
主人が戻らないことを知ったシロは、その夜から、シロの悲しい鳴き声が山頂から響きました。
それから間もなくしてこの地方には天変地異が起こり、定六の処刑に関係した人々は無残な終わり方をしたと語られています。
罪人の定六となった定六の妻とシロは、処罰という形をとらせられ、鹿角市大湯から、大館市葛原(くずわら)に移り住むことになりました。
そして、いつからかシロの姿が見えなくなってしまいました。
その後からというもの、武士が、馬でこの辺りを通ると突然馬が暴れだし落馬して大けがを負う事故が続きました。

村人は主人を失ったシロの悲しみ、主人を守れなかったシロの想いを知り、山腹に神社を建ててシロを祀りました。
現在も毎年4月17日に例大祭が開かれ、シロの供養を守り続けています。
例大祭 4月17日 ~参拝~

大館から鹿角方面へ葛原バイパス103号の通り沿いに、左手に「老犬神社」の看板があります。
その看板を左折すると集落に入ります。
民家の道路を通りぬけていくと、上り道も強くなっていきます。
ところどころに「老犬神社」の看板あったので、迷うことなく進みました。
複雑な道もありませんでした。
老犬神社の前に着くと、まずは8台位は駐車できる広場があります。
この場所に車を停めて、下写真の通り、神社内に行く道を登ることにしました。


階段を上がって鳥居をくぐると、険しい山道です。



木の根っこまで上がったところから見える駐車場です。
鳥居の右側は、車1台幅ほどの道路があるので、神社境内まで車で行くこともできます。
この日は例大祭で車で登っても満車だろうと思い、斜面道路を歩きました。
最初の山道よりは登りやすくなっていますが、想像していた以上に傾斜がきつかったです。
拝殿まで180Mなので、5分~10分で到着できます。

車一台幅の斜面道路
山道を登り拝殿の前も5台ほどの駐車スペースがありましたが、やはり満車でした。



例大祭の様子
例大祭のため、大変にぎわっていました。
犬を連れて参拝してる方もいました。
神事が厳かに行われています。
老犬神社の外観
狛犬は獅子ではありませんでした。
老犬神社という名の通り、狛犬は犬です。


彫刻された蟇股(かえるまた)。
中央のものはやはり犬に見えます。

「木鼻」も犬かもしれませんね。


拝殿のすぐ下にも鳥居があります。
そして巨大な杉の木が2本、両側にそびえています。
樹齢何年でしょうか。
両手を広げて計ってみたところ、直径約160㎝はあります。




上の写真が新しい灯籠で、その右後ろに見えるのがそれ以前に建てられた灯籠です。
古い方の灯籠には建立年月「昭和43年 旧4月17日」と刻まれています。
その昔、祭りを行う日というのは、田植え、収穫、潮の満ち引き、月の満ち欠けを基準にして行われていました。
しかし、次第に月の満ち欠けを基準にまつりごとを行うのは、現代の人々の生活リズムには合わせにくくなっていきました。
本大祭も様々な理由から新暦の4月17日に移したのでしょう、様々なまつりごとが現代の人々の生活リズムに合わせて改変されていった時代の最中だったと思います。
ここに「昭和43年 旧4月17日」とあえて刻まれたことにも意味があるように感じました。
マタギの狩猟免状
南部藩主の殿様がマタギ佐多六(さだろく)に与えた狩猟免状です。

どういうことが書いてあるかというと
・サダロクの先祖が、俵藤太(たわらのとうた)に関係する由緒ある又鬼定六(マタギサダロク)であること。
・又鬼定六(マタギサダロク)が、源頼朝が富士山麓で催した狩猟大会で活躍したこと。
・又鬼定六(マタギサダロク)が、マタギの狩猟免状を源頼朝から特別に与えられたこと。
・俵藤太(たわらのとうた)に関係している由緒あるマタギであるが故に、子孫であるサダロクにおいても、他の領地に入って獲物を追い込んでも狩猟免状を見せることによってとがめられることはない。
・領地と領地の境に設置されている関所を通る場合も、狩猟免状を見せることによってとがめられることはない。
という内容が書かれています。
ちなみに俵藤太(たわらのとうた)とは平将門を討ち取った人です。
俵藤太(たわらのとうた)は別名藤原秀郷(ふじわらのひでさと)です。
妖怪ムカデを退治した伝説等あります。

この狩猟免状は大館市にある「秋田犬会館」に展示されているものです。
「秋田犬会館」では、秋田犬に関する資料が展示されています。
忠犬シロのこと、老犬神社のことについても展示されていますので、ぜひ訪れてみてください。
「老犬神社」の基本情報
- 所在地:大館市葛原
- 例大祭:4月17日
- 主祭神:忠犬シロ
- 駐車場:約15台



