秋田県大館市の市街地に静かに鎮座する「八坂神社」。
あらゆる災いを祓う強力なパワーを持つ神様・スサノオノミコトを祀る、歴史ある神社です。
スサノオノミコトは荒々しく力強い一面を持つ一方で、ヤマタノオロチを退治して大切な人を守り抜くなど、とても勇敢で愛情深い神様でもあります。
本記事では、大館・八坂神社の歴史やご利益をはじめ、拝殿に掲げられた迫力ある絵馬、境内にたたずむ「ツクヨミの石碑」などの見どころを分かりやすく解説します!
八坂神社とは

スサノオノミコト
八坂神社のご祭神は、あらゆる災いを祓う強力なパワーを持った神さま「スサノオノミコト」です。
八坂神社や、スサノオノミコトを祭神とする神社は、全国に約2,300社ほど存在し、その総本社として知られるのが京都の八坂神社です。
京都では「祇園さん」と親しみを込めて呼ばれ、全国から多くの参拝者が訪れる有名な神社です。

京都 八坂神社
大館市の八坂神社の歴史
大館の八坂神社でも、ご祭神として「スサノオノミコト」をお祀りしています。
創建は、平安時代の811年。
下川沿村が始まったと同時に創建されたと伝えられています。
当時の記述には、京都の「山城国愛宕郡(やましろこくおたぎぐん)」にある八坂神社から、スサノオノミコトの御分霊を奉納したと記されています。
当初は、山城国の八坂神社で祀っていた牛頭天王(ごずてんのう)と同じ神さまを、大館の八坂神社でも祀っていましたが、明治時代の神仏分離に伴い、呼び名を「スサノオノミコト」とあらためて現代に至ります。
片山八坂神社・由緒記
・811年 片山地内の山子屋敷に創建
・1775年 山子屋敷から第二神殿跡地に移築
・1873年(明治6年) 下川沿村の村社として祀られる
・1911年(明治44年) 神明社・薬師神社・菅原神社・浅間神社を八坂神社に合わせて祀る
・1936年(昭和11年) 第二神殿跡地から現在地へ移築
・2009年(平成21年) 創建1200年を記念して、社殿の改修を行う
ご祭神スサノオノミコトとは?
牛頭天王(ごずてんのう)とは

牛頭天王
大館の八坂神社は、もとは「牛頭天王堂(ごずてんのう)」をお祀りするお堂でした。
牛頭天王も、非常に強い力を持つ神さまです。
お祀りすることで、疫病を追い払うほか、厄除け・病気平癒・縁結び・五穀豊穣など、多様なご利益をもたらしてくれる神さまとして信仰されていました。
実はこの牛頭天王、日本の「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」によって生まれた神さまで、仏教の要素がかなり入っていますが、神道におけるスサノオノミコトと同一視されています。
神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、江戸時代まで続いた「神様も仏様も同じ場所にお祀りする」日本独自の文化です。
大館市内の愛宕神社や弁天神社にも、その名残りが見られます。
しかし、明治時代に入ると、政府から「神仏分離令」が出され、神さまと仏さまを明確に分ける政策が進められました。
この時代の大きな流れの中で、当神社も「牛頭天王堂」から「八坂神社」へと名称を改め、ご祭神を「スサノオノミコト」としてお祀りするようになりました。

スサノオノミコトはどんな神さま?

スサノオの誕生
スサノオノミコトは父神・イザナギが禊ぎで顔を洗った際、その鼻から生まれたとされる神さまです。
お姉様は最高神の天照大御神(アマテラスオオミカミ)、お兄様は月夜見命(ツクヨミノミコト)です。
神話に登場したばかりのスサノオノは、とにかく荒々く、少し困った性格をしていました。
父神から命じられた仕事を放り出し、「亡き母に会いたい」と泣いてばかり。
彼が泣くだけで大地は激しく揺れ、世界中に災難が広がったと言われています。

さらに、高天原(たかまがはら)にいるアマテラスに会いに行き、そこでも大暴れ。
機織りの女神を事故に巻き込んで命を奪うなど、数々の大騒動を起こしました。
こうした悪行の報いとして、最終的に髪やひげを剃られ、高天原から地上へと追放されることになります。

ヤマタノオロチ 退治伝説
そんなスサノオですが、最も有名なエピソードは「ヤマタノオロチ退治伝説」です。
悪行の報いで高天原を追放されたスサノオが降りた場所は、「出雲国・斐伊川(ひいがわ)」でした。
そこで、老夫婦と櫛稲田姫(クシイナダヒメ)に出会います。
夫婦が泣いているので
「どうしたのか?」
と訪ねると
「自分たちには8人の娘がいたが、ヤマタノオロチが年に一度やってきて、一人ずつ食べてしまった。この娘も食べられてしまう時期が近づき、逃げられないので泣いているのだ」
と言いました。
事情を知ったスサノオは、「ならば、クシイナダヒメを妻にください」と申し出ます。
夫婦が承知すると、スサノオは呪文を唱えクシイナダヒメを櫛に変えて髪に挿しました。
そして、強いお酒を造って八つの桶に入れ、ヤマタノオロチが現れるのを待ちました。

ヤマタノオロチ
現れたヤマタノオロチは、八つの谷、八つの尾根にまたがるほど巨大で、頭は八つ、尾も八つと、大変恐ろしい姿をしていました。
そして、八つの頭を八つの桶に突っ込んでお酒を飲み干すと、酔いつぶれてしまいました。

そこでスサノオは剣を抜き、ヤマタノオロチの体をズタズタにして退治しました。
スサノオはクシイナダヒメを基の姿に戻し、結婚することができました。

スサノオとクシナダヒメ
八坂神社の参拝レポート



「中にお上がりください」の張り紙のもと、中に上がらせていただきました。
足を踏み入れると、拝殿内はいくつもの古い扁額(へんがく)が掲げられており、どれも積み重ねてきた長い歴史の重みを感じます。

いくつものの神社を参拝してきていつも思うのは、
「戦前の頃までの人々にとって、神仏は生活の一部であり、本当に身近な存在だったのだろう」
ということです。
現代よりもずっと、人と神様の距離が近かった気配が、この空間にも感じられます。
そんな拝殿内でひときわ目を引く迫力がある絵が、ご祭神である「スサノオのヤマタノオロチ退治伝説」を描いた絵馬です。

スサノオノミコトとヤマタノオロチ
ヤマタノオロチは斐伊川のことだった?
ヤマタノオロチといえば、八つの頭と八つの尾を持ち、八つの谷にまたがるほど巨大で恐ろしい怪物として有名です。
この伝説のモデルは、昔からよく氾濫を起こしていた島根県の「斐伊川(ひいがわ)」ではないかと言われています。
曲がりくねった濁流が荒々しく押し寄せる様子が、のちに大蛇のイメージへとつながったという説です。
八坂神社の絵馬に描かれているオロチも、渦巻く水の中から恐ろしい頭をもたげており、まさに大自然の脅威そのものが表現されているように見えます。

斐伊川(ひいがわ)
そんな大自然の脅威(おろち)に立ち向かうスサノオの物語の中で、私が一番好きな場面があります。
それは、スサノオがクシナダヒメを櫛(くし)に変えて自分の髪に挿して戦ったというエピソード。
ただ姫を守るために戦うだけでなく、文字通り「一身に一体となって」大切な人を守り抜こうとするスサノオ。
この絵馬からも、荒々しい水流(おろち)と、戦うスサノオの迫力が伝わってくるようです。

春 桜に囲まれる境内
夜と月の神:ツクヨミノミコト

石碑 月夜見命(ツクヨミノミコト)
八坂神社の鳥居の横には、そっと佇む石碑があります。
そこに刻まれているのは、月夜見命(ツクヨミノミコト)の名。
・神話でのつながり
ご祭神・スサノオノミコトのお兄さん。
父神であるイザナギの「右目」から生まれた神様です。
・どんな神さま?
月と夜を司る神様で、「月を読む(暦を数える)」という意味を持ちます。
昔の人々は、月の満ち欠けをもとにした「太陰暦」を生活の基準にしていました。
田植えや稲刈りの時期、漁に出るタイミングなど、すべての暮らしが月とともにあったため、ツクヨミノミコトは人々の生活に欠かせない、とても親しみ深い存在だったのです。
参拝の際は、ぜひ鳥居の横にあるこの石碑にも注目してみてください。
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まとめ

今回は、秋田県大館市に鎮座する「八坂神社」の歴史やご利益、そしてご祭神であるスサノオノミコトの物語をご紹介いました。
ヤマタノオロチを退治した勇敢な姿だけでなく、大切な人を守るための深い愛も持ち合わせているスサノオノミコト。
そんなスサノオノミコトは日本神話の中でも人気のある神さまの一人。
「守るために戦い、自分を主張し表現し、叱咤激励することもある」
という姿は、ただ優しく包むだけではない、愛情の形を教えてくれている気がします。
これは私たちにとっても大切な心の持ち方ではないでしょうか。
今後、八坂神社を訪れる際は、その力強いパワーを感じながら、背筋を伸ばして参拝してみてくださいね。
・創建1200年を超える歴史のある神社
・スサノオノミコトは、厄除け災いを祓う勇敢な神さま
・拝殿内に「ヤマタノオロチ退治」の大きな絵馬がある
・ツクヨミノミコトの石碑がある
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大館市の神社仏閣まとめ記事です
八坂神社の基本情報
| 神社名 | 大館八坂神社 |
| 住所 | 〒017-0872 秋田県大館市片山町1丁目55 |
| TEL | 0186-42-0846 |
| 駐車場 | 敷地内に駐車場有り 10台以上可 |




