大館市役所のすぐ近くに鎮座している「遍照院(へんじょういん)」の紹介記事です。
遍照院とは

大館市上町にひっそりと佇む「遍照院」は、真言宗智山派の歴史ある寺院です。
東北三十六不動尊霊場の「第12番札所」としても知られています。
もともとは薬師如来をご本尊としていましたが、戊辰戦争による焼失からの復興を機に、「不動明王」をご本尊としてお祀りされています。
現在も境内には、千手観音や歓喜天、地蔵菩薩など、多くの守護仏が大切に祀られています。
毎年6月の第3土曜日に行われる伝統行事「火わたり法要」は、多くの参拝客が訪れる法要で、参加者たちはその迫力と荘厳さに感動します。
遍照院の歴史
遍照院の歴史は古く、南北朝時代(室町時代の前期)の1386年にまで遡ります。
茨城県での誕生と大館への移転
始まりは、常陸国小場村、(ひたちのくにおばむら/現在の茨城県大宮市)。
当時、この地を治めていた武将・小場義実(おばよしみ)氏によって建立されました。
当時は「薬師如来」をご本尊とし、山号は医王山、寺号は長久寺と称されていました。
それから約220年後の江戸時代初期(1610年)、大きな転機が訪れます。
大場氏の末裔である小場義成(おばよしなり)が久保田藩(秋田藩)主・佐竹氏の命により大館の地を治める「城代(じょうだい)」となりました。
これに伴い、小場家の祈願所であった遍照院も、大館城の守りを固めるために現在の地へと移転・建立されることになりました。
💡城代とは城主に代わって、そこの領土の守備や任務を任された家臣のこと。当時の城主である佐竹氏は、2025年4月まで秋田県知事を務めていた佐竹氏のご先祖様にあたる家系です。
戊辰戦争の悲劇と、ご本尊の歴史
かつての遍照院は、千手院や歓喜院といった末寺を従え、大館城の八方(あらゆる方角)を固めるほどの大規模な寺院として大いに繁栄していました。

しかし1868年、明治維新の激動のなかで起こった戊辰戦争の戦火により、寺院のすべてを焼失するという悲劇に見舞われました。
この焼失から復興を遂げる際、それまでお祀りしていた薬師如来に代わり、新しく「不動明王」を復興のご本尊として迎えることとなりました。
このお不動様が、現在の遍照院のご本尊となっています。
なお、現在の本堂は、1986年(昭和61年)に建立されたものです。
不動明王とは

不動明王
不動明王は、明王のなかでも最も力があると考えられている仏さまです。
なぜなら、全宇宙をつかさどる大日如来が、姿を変えて現れたものとされているからです。

大日如来が姿を変えて現れた
メラメラと燃えている炎を背負い、大きな岩にどっしりと座ったり立っている姿から、親しみを込めて「お不動さま」と呼ばれています。
不動明王が怒りの顔つきをしているのは、煩悩(ぼんのう)にとらわれた人々を善い道へとみちびくため、人々の苦しみを下から支えて救いたいという強い決意の表れです。
たくましい体で、悪を断ち切る大日如来の宝剣(ほうけん)と、人々を救うための縄を持った、本当は心の優しいたのもしい仏さまです。
遍照院の年中行事と参拝体験
元日:初詣

2024年1月1日元日、午前11時に初詣のため参拝しました。
遍照院の正月行事は以下の通りです。
・元日(零時・十一時):長久不動尊 護摩法要
・二日(九時~十五時):写経と写仏、書初め
節分:星まつり

2月3日「節分星まつり」参拝をしました。
節分星まつりとは、旧正月に護摩を焚いて祈祷することで、魔を払い福を呼び込む行事のことです。
祈祷の後には豆まきが行われます。
祈祷を執り行うご住職の姿は、非常に厳かで格好良いです。

6月:火渡り行
6月の第3土曜日「火渡り行」参拝をしました。

山伏姿の修験者や一般の参拝者が、護摩壇の燃え盛った後の灰の上を歩くことで災いを焼き尽くし、無病息災、所願成就を祈願する伝統行事です。



遍照院の詳しい内容は、こちらの記事にまとめていますのでご覧ください。
毎月28日:お不動様の護摩行


10時から本堂にて護摩行が行われます。
参拝者は、護摩木(ごまぎ)にそれぞれの願いごとを書いて祈祷してもらいます。
書き方に難しいルールはなく、参考として護摩木のそばに例文が添えられているので安心です。
節分の「星まつり」の際にも感じましたが、祈祷されているご住職の姿は本当に引き込まれるものがあります。
特に護摩木を火にくべる瞬間が印象的です。

人々の願いがこめられた護摩木を力強くつかみ、パッと炎の中へ放つその手つきからは、何十年、何万回と祈祷を重なてこられた重みが伝わってきます。
心静かにパチパチと薪が燃える音に耳を傾けていると、心の中の不浄なものが綺麗に焼き払われていくような、清々しい気持ちに包まれます。
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境内の諸堂めぐり
聖天堂(歓喜天)(しょうてんどう かんぎてん)

聖天堂(歓喜天)
ご利益:商売繁盛、夫婦円満
歓喜天がお祀りされているお堂は、全国的にも珍しいのではないでしょうか。
今度ご住職さまに、なぜ歓喜天をまつるようになったのか由来を伺ってみたいと思っています。
お堂の正面には、歓喜天を象徴である「大根」の絵が描かれているのが特徴です。
歓喜天は、他の神様や仏様が聞き届けてくださらないような深い悩みや願いも叶えてくださる「最後の砦」とも言われる仏様です。
そのため、少し緊張しながらの参拝となります。
その強力なご利益の反面、信仰心においては非常に厳しい一面を持っているとも云われています。

お堂の中の天井
お堂の中の天井は鮮やかなブルーで彩られており、美しい女性の姿が描かれています。

なお、歓喜天のご神体は「秘仏」とされていることが多く、基本的にはお姿を直接拝むことはできません。
もともとはインドの神様(ガネーシャ)に由来しています。
観音堂(千手観世音菩薩)



千手観世音菩薩
通常はお堂の扉が閉じられていますが、元日の参拝時には開帳されていました。
拝見したしなやかな手、優美に座られているお姿には深く感動しました。
千手観音は、千の手と千の目であらゆる人々を漏らさず救うとされる観音様です。
仏教が説く六つの世界
六道:天界、人間界、修羅、畜生、餓鬼、地獄
においては、特に「餓鬼道」に迷い苦しむ人々を救うと考えられています。
稲荷大明神・淡嶌大明神・龍神大菩薩

・稲荷大明神(いなりだいみょうじん)
稲の豊作や商売繁盛などのご利益がある神様です。
・淡嶌大明神(あわしまだいみょうじん)
女性の神様で、安産子授け、女性の病の癒し、良縁祈願にご利益がある神様です。
女性の守り神として信仰されています。
・龍神大菩薩(りゅうじんだいぼさつ)
水を司る神様で、五穀豊穣、金運・財運アップなど、人々のあらゆる願いを叶えてくれるとして各所で祀られています。
魔尼車(まにしゃ)

魔尼車
「魔尼(まに)」とは如意(思いのまま)のこと。
願い事が円満に成就するとされています。
願い事を心に念じながら、石の車を手前にカラカラと回転させます。
この車輪を1回、回すことで、お経を数多く唱えたのと同じ功徳(功績と恵み)が得られるとされています。
実際に回してみると、重い石であるにもかかわらず、滑らかに心地よい音を立てて回ってくれました。

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波羅波羅童子(はらはらどうじ)

波羅波羅童子
波羅波羅童子(はらはらどうじ)は、不動明王の使者三十六童子の十二番目の童子です。
冒頭にも記述した通り、「遍照院」は、東北三十六不動尊霊場の「第12番札所」としても知られています。
使者三十六童子とは、不動明王の使いの者として、不動明王を補佐し、衆生のために働く存在のことになります。
童子ごとに役割を分担し、不動明王を補佐しています。
そこで、波羅波羅童子はどのような役割を持っているかというと
・広く利益を及ぼす
・偏在性(すみずみまで、行き渡って)がある
・障り、妨げになるものを波のように流す
このような役割を持ち、衆生のために尽くす童子とされています。
波羅とは、遍く(あまねく)という意味をもち、すべてに広く行き渡たる様を表しています。
年間行事・月例行事まとめ
年間行事
・1月1日:新年祝祷会
・2月3日:節分会星まつり
・3月21日:弘法大師みえく
・6月第3土曜日:火渡り行・四国八十八ヶ所霊場お砂踏み
・7月17日:千手観音会
・8月13日:お盆法要
月例行事
・毎月1日9時~:写経会
・毎月21日14時~:お大師さま
・毎月16日:聖天様祈願供養
・毎月28日10時~:お不動様護摩祈願供養
まとめ

どなたでもご参加できます
歴史に興味がある方はもちろん、現実世界から離れて心をすっきりとしたい方にもおすすめできるパワースポットです。
大館に足を運んだ際は、ぜひ参拝してみてはいかがでしょうか。
- ご本尊は力強く優しい「不動明王」
- 大館城代の祈願寺として歩んだ深い歴史を持つお寺
- 護摩行や火渡りなど、どの行事も誰でも気軽に参加・体験できる
「遍照院」の基本情報
- 所在地:大館市上町6
- TEL:0186-42-3178
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遍照院から約徒歩7~8分の場所には大館八幡神社が鎮座しています。
お社は2体あり、歴史的価値が高い建造物として評価され、国指定重要文化財に登録されています。
遍照院から徒歩2分の場所に桂城公園があります。
散策にどうぞ。
桂城公園に隣接しているのが桜櫓館。
歴史的価値のある建物として評価されています。
犬が好きな方におすすめの観光スポットです。







